半径723mmの鑑賞録
 歴史好きな舞台女優による「古今東西、美しいもの」の鑑賞録です。 最新流行を追わなくても、「いいものは、いい」。 それを、きちんと形に残していければいいな。 ※ネタバレ注意※
Copyright © 2007 半径723mmの鑑賞録, All rights reserved.
Category..|最新の記事映画・DVD歴史マンガ博物館・美術館ニュース役者業未分類ひとこと
RSS + ADMIN + HELP

スポンサーサイト
--/--/--(--)
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

--:-- | スポンサー広告| トラックバック(-) | コメント(-)

旧朝香宮邸(東京都庭園美術館)
2007/03/24(土)
 東京都港区白金にある旧朝香宮本邸。
 アール・デコスタイルの豪華な内装および和洋式庭園で知られる。

 朝香宮って誰だー?と首をかしげたのも当然、初代一代で絶えた宮家でした。
 そのわりにはどっかで聞いたことある名前だなぁと思って調べてみたら、それもそのはず「悲劇の宮家」北白川宮成久王がフランスで起こした自動車事故に巻き込まれて重症を負ったひとりでした。←当時、どんなに騒がれたことでしょうね!!タイムスリップできればいいのに。
 この朝香宮さんのおもしろいのは、こんな大事故に遭いながらも、看病のため渡仏した宮妃とともに万博を見に行き、アール・デコに目覚め、日本に持ち帰ってアール・デコ調の自邸を建築させた所。まさしく転んでもただでは起きない人です。

 先日、本屋で明治以降の皇族の写真集を立ち読みしましたが、当時の皇族にはアール・デコ風のドレスが大流行していたみたいです。もしかしたら、それもこの朝香宮さんが先駆だったのかもしれませんね。

 今回初めて訪れましたが、紅葉の盛りでとても満足。(※注:平成18年秋の記事再録のため)
 特に日本庭園は、茶室から池を眺めても、逆に対岸から茶室を臨んでも、紅葉が絶妙な配置を見せ、計算されつくした庭だと印象を受けました。

 本邸内部は …かなり、乙女ちっくでした。
 豪華だし。これぞアール・デコ~!!ってな強烈な存在感。展覧会用に特別展示された美術品よりか目を引くんだもん。

 アール・デコは本来、大量生産用だから庶民ちっくなものらしいですが、そこに妥協をせず、デザイン美を追求したのがこの朝香宮だそーです。当時フランスかぶれと謗られたであろう朝香宮さんの意地が垣間見える建物でした。

 きれいな建物好きな方はクリックお願いします♪
 →ブログランキング

宮家の時代


スポンサーサイト
08:04 | 歴史| トラックバック:1 | コメント:0

池波正太郎『ないしょないしょ』
2007/03/24(土)
 池波の『剣客商売』の番外編。
 『剣客商売』は今春から読み始めているのにまだ読み終わりません。
 図書館借り出し専門で予約なしという読書スタンスが良くないのでしょう。
 そのせいか、シリーズ本編をやっと折り返しした段階で、続巻が図書館に無く、泣く泣く番外編に手を出してしまった次第。

 とはいえ、本編をあまり知らなくても読めた本作。
 主役は百姓出身の少女・おふく。
 下女として仕えた剣客に陵辱され憎むが、その剣客がある日暗殺される。
 犯人は素行不良だが剣の達人であり、その者に、次に仕えた主人も、親とも慕った老人もその男に殺されてしまう。
 3番目に仕えた主人に愛され、その主人の死後、若くして出合茶屋(キャバレー兼ラブホ?)のオーナーとなったころ、くだんの浪人を見かけた。
 2番目の主人に教わった根岸流の手裏剣術を磨き、本編の主人公・秋山小兵衛の助太刀を得て、復讐に成功する。という強い女のストーリー。

 しかし、その主線はむしろ前座かと思わせるほど、わずか数ページの後日談はまた秀逸です。
 茶店の番頭と祝言をあげたがその番頭にも先立たれ、一度は女としての幸せをあきらめたが、後に請われて老舗の呉服屋の後妻となり、やっと幸せをつかんだ。
 その矢先、若くしておふくは病に倒れる。「それではみなさま、お先に・・」という爽やかな死に様。
 そこに、怒涛の人生を努力して平凡に終わらせることはまた、人としての強さであり魅力的な生き方であると気づかされます。

 さておき、池波氏は根岸流が好きですね~。
 しかも、その使い手は必ず強烈な個性の女性として描かれている。
 本編にも女武芸者・杉原秀が登場します。私はこのひでさんが好きです、料理は得意でないところが自分に似ているからかも。
 聞くところによると、根岸流は幕末に興った流派なので、剣客商売の時期ではないそうです。
 それでも、根岸流を頻出させているのは、ただの手裏剣術と異なる武器=根岸流の「鉄型の手裏剣の一種)」に池波氏がとても強い興味があったのではないかな、と想像してしまいます。
 
小兵衛「ふーむ、これがか・・・。しかし、今回は使わないほうがよいな。」
おふく「はい、わたしもそう思います。」 
・・・じゃあ、最初から出すなよ!!ってね。

池波好きなら、おこぼれでクリックお願いします♪
 ↓
人気ブログランキング


池波正太郎『ないしょないしょ』


07:35 | | トラックバック:0 | コメント:0

青葉城の狛犬
2007/03/23(金)
仙台は青葉城伊達政宗の像の下に控えている狛犬と獅子です。

狛犬くんと獅子くん


ご存知の方も多いでしょうが、俗に「狛犬」と呼ばれているのは、
1頭が想像上の動物・狛犬で、もう1頭が獅子です。
大陸から招来されたときには両者の造形は異なっているのですが、
時代が下ると同化し、両方とも「狛犬」と呼ばれるようになります。
しかし、江戸時代初期には再度両者を異なる形で描く形式が公的な寺社に増えてくるようです。

さて、青葉城狛犬
見た目は、同じ造形です。面長です。
角も生えていませんし、どちらかというと獅子型です。

ただ、面白いのが、この2頭は違う姿勢をしているのです。
向かって右はきりりと「おすわり」。
向かって左は首を縮めています。←この姿勢は稀有。

しかも、阿吽形のセットでありながら、2頭の視点が中央で交差しないのです。
ねずはじめ氏著の『狛犬学事始』を読むと、
一般的には①2頭とも真正面②2頭とも顔を向かい合わせが多いとのことなのですが、
これは一体どうしたことでしょう。

そもそも、政宗の足元にセットしてるのが特異ですね。
政宗を神格化させる目的でもあったのでしょうか。
そう言われて政宗氏を見上げると、佇まいは皇居の楠正成氏に似ていますね~。

 狛犬わりと好き。な方はクリックお願いします。
 →ブログランキング


01:03 | 歴史| トラックバック:0 | コメント:0

原作ファンが観た『どろろ』
2007/03/20(火)
 知名度では『鉄腕アトム』『ブラック・ジャック』に劣りますが、コアな手塚治虫ファンには最も人気がある未完の名作『どろろ』。
 その反面、ファンには「映像化は不可能では?」と長らく語られてきた『どろろ』の実写版です。
(映像化が不可能といわれた理由は、百鬼丸や魔物の実写化の困難さに加え、差別問題にあまりにも抵触するテーマであるからだと言われています。)

 それだけに、「映画もなかなかよかったけど、ひとこと言いたいのよっ」って熱烈ファンは多いのではないでしょうか。
 そんなファンのひとりとして、私が感じた「ここ、もーちょっと!」を書かせていただきます。
 誤解のないように申しますと、映画はエンタメとしてかなりいい出来だと評価してますよー♪
 
どろろ手塚



【原作ファンの「ここ、もーちょっと!」】
どろろのキャスティング
 原作ファンが映画を見るか否かは、きっとここが最大の分かれ目です★ 
 どろろは女の子ですが、絶対に男の子ビジュアルでいなきゃ! かといって、子役には荷が重い。柴崎コウのキャスティングは「考えたなぁ」と。やっぱり作品的に最初から女をカミングアウトしてましたが、実写ならば妥当な選択でしょう。
 柴崎と妻夫木聡なら、らぶらぶラスト?との下馬評でしたが、百鬼丸との距離感を最後まで保てたのは、原作ファンもほっとしたのではないでしょうか。

②鯖目の奥方
 魔物のなかでも百鬼丸の最大の敵。・・・なんですが、あれれ、映画ではあっさりとやられちゃった。一本の映画のなかで、醍醐景光を際立たせるにはこの程度の露出で抑えるしかないのですが、とても残念。売れっ子の土屋アンナを配しただけに、期待してたのですが。
 鯖目と奥方の関係は「人間と非人間の境を超えられるか」というテーマのうえで、主役のふたりの対極を描いているのですが、それは映画ではスルーでしたね。鯖目が生き残ることで際立つものがあるんですけどねー。しょうがないですよね。
 
醍醐景光が死んじゃったぁぁ。
 映画としてひとつの完成形ではあるのですが、やや勧善懲悪の感があったかと。な・な・なんと、多宝丸もリセット!? オーラスのどろろの涙を生かす伏線として必要ってわけですかね?
 原作では百鬼丸が多宝丸を殺し、醍醐景光と母は生き残って去るのです。母の「私たちに百鬼丸を恨む権利はない」という言葉が印象的です。
 生きるべき命が散り、死ぬべき命が生き残る。生き恥をさらして与えられる罰もある。「非情だからこそ命は重い」という手塚作品の普遍のテーマを見たかったかな。そしたら、エンタメの枠を超えて、名作映画にもなれたんじゃないかなぁ。

 おまえのどろろへの愛はわかった。
 という方は、クリックにご協力ください♪
  ↓↓↓
 人気ブログランキング

どろろ


続きを読む »
02:25 | 映画・DVD| トラックバック:0 | コメント:1

名作になり損ねた『パイレーツ』2作目
2007/03/14(水)
『パイレーツ・オブ・カリビアン/デッドマンズ・チェスト』
ご存知『パイレーツ・オブ・カリビアン/呪われた海賊たち』の第2作目。果たして1作目を超えられるか!?
 ・・・先に結論を書いちゃうと、「超えられませんでした」。
 ストーリーが複雑すぎるのが原因じゃないかなぁ。娯楽大作であるのは認めますが。

 記事末にストーリーを書きましたが、メインのストーリー以外にもサブストーリーが盛りだくさん。
 一見、贅沢仕様に思えますが、なんのことはない、ただの詰め込みすぎ。観終わったあとに、「何も解決されてないやん!!」と声を上げてしまいました。
 そもそも、1本の映画として完結していないのです。
 小難しい伏線の説明台詞と、はしゃぎすぎのお笑いシーンが、内容の9割。ラスト10分間の唐突さに、尻切れトンボ感が拭えません。
 製作者側の「第3作目を併せて見てね★」という思惑が、完成度を2の次にしているんですね。だったら、2・3作をつなげて長編4時間1本ものの方がまだマシというものです。
 名作になり損ねて。・・・バカだなあ、ハリウッド。

 ストーリーを無視して、どたばた喜劇をのほほーんと楽しむぶんには、いい作品ですよ。(笑いのネタがカブってる部分はあるけどねっ。)
 それに、役者陣も最高
 ジョニー・デップは言うに及ばず(やや、やりすぎ感あり)。
 キーラ・ナイトレイの完璧なまでの美しさ、それなのに、このはっちゃけ演技。スバラシイ!
 オーランド・ブルームは前作の雰囲気でやってほしかったなあ。これじゃまるで別人。かっこいいけどね。

【ストーリー】
 ウィルとエリザベスは海賊ジャック・スパロウに加担したことを理由に逮捕される。しかし東インド会社のベケット卿は、ジャックの持つ「北を指さないコンパス」を渡せば二人を釈放すると約束した。
 一方、ブラックパール号の船長に再び戻ったジャック。しかし彼は13年前、デイヴィ・ジョーンズと「血の契約」を交わしていた。その契約通り、デイヴィ・ジョーンズのフライング・ダッチマン号の船員として永遠に働き続けなければならない期限が到来したと告げられる。その契約から逃れるため、ジャックはウィルをうまく言いくるめ、ディヴィ・ジョーンズの心臓が入った宝箱の鍵をまんまと手に入れさせる。
 そこにウィルを探しに脱獄してきた男装のエリザベスと、ベケット卿との取引を企むノリントンが加わり、それぞれの思惑を胸にディヴィ・ジョーンズの心臓を奪い合い、かつディヴィ・ジョーンズの追手と戦う。(最終的にノリントンが心臓を手に入れる。)
 ようやく船に逃げ帰ったジャック、ウィル、エリザベス。しかし、ディヴィ・ジョーンズは、怪物クラーケンに船を襲わせた。船に取り残されたジャックは、クラーケンにその身を捧げて犠牲となるのだった。ほうほうのていで逃げ出したウィルとエリザベス、ブラックパール号の船員たち。ジャックの仇を討つべく、再び海に乗り出すことを決意する。

辛口だけど、まあいいやと思われた方は
クリックお願いします♪
 ↓
ブログランキング
パイレーツ2


02:11 | 映画・DVD| トラックバック:0 | コメント:0

それでもボクはやってない と 県庁の星 の接点
2007/03/09(金)
 どの映画評にも書かれていますが、これは怖い映画ですね。
 「痴漢犯罪の場合、容疑者は確実に有罪になる」という構造がつまびらかに描かれています。
 当事者にとっては日常的にごくありうる軽微な過失。積み重なれば、なぜか転がるように無罪の人間も有罪になってしまう。
 本人の過失、被害者の過失、駅事務所の過失、警察の過失、検察の過失、裁判所の過失・・・。
 ハインリッヒの法則ですね。自分はいつでも有罪判決を受けるハメになりうるんだと言うヒヤリハットな恐怖です。
 だからこそ、当事者の誰もが罪の意識を持てないというのもまた怖い。自分がどの立場になったとしても、きっと自分を正義としか思えない。したがって、この不当な現実は容易に変わらない。
 フィクションですが、脚本と俳優を使ったドキュメンタリーのような印象を受ける作品です。


 この映画はいくつものメッセージをはらんでいますが、「裁判(官)は決して公平な判決を下すわけではない」というのも、その最も重要なメッセージのひとつです。
 冒頭の一文「10人の犯罪者を逃しても1人の無辜(無実の罪)をも罰してはならない。」を見たときは、「あー『疑わしきは罰せず』ね。」と暢気なものでしたが、劇終後には、「白鳥事件は勇気ある判決だったんだなあ。それで名判決文として語り継がれているわけか」と、この言葉の新たな一面を知りました。(もちろん全員を正当に裁くべきですけどもね。)
 裁判は有機的なものなんですな~。アメリカの司法取引に負けず劣らず、日本の司法も、血が通った人間の行為なのだと初めて知った気分です。

 実は、周防監督の制作動機を聞くと、鑑賞前は正直「司法叩きかなぁ」などという印象があったのですよね。。。
 そもそも、司法当局、とくに裁判所の仕組みは、一般的にあまり知られていませんよね。だから、良くも悪くも神格化、あるいは悪い誤解が流布してしまうものです。
 知られざる業界内実映画という点で、『県庁の星』も私としては(行政の禄を頂戴している立場なので)ヒットだったのですが、あちらの公開時、行政の内実を突いている点・誇張している点は業界での話題沸騰でした。
 それでも、おおむね公正かつ好意的に受け取られていましたね。それというのも、公務はとかく内実が一般に知られていない分、誤解されやすく、容易にバッシングの的になりやすいという弊害があります。
 業界に注目し、その実態を周知してくれた『県庁の星』は、事実誇張はあれど、行政の最大の悩みからすると感謝状ものだったわけです。
 立法機関・行政機関・司法機関のうち、司法機関は最後の象牙の塔と言えるかもしれません。『それでも僕はやってない』がこれだけ人気の高い映画となったということは、業界内実への注目度は今後高まっていくのでしょう。
 これだけ緻密な取材と司法制度への検証が行われていれば、当局も描写に納得する部分も多いのではないでしょうか。司法界でどのように受け入れられているのか、非常に気になるところです。

まあまあいいじゃないと思われた方はクリックお願いします♪
 ↓
人気ブログランキング

県庁の星

それでもボクはやってない@映画生活
続きを読む »
07:05 | 映画・DVD| トラックバック:1 | コメント:0

項羽を、なぜ項羽と呼ぶのか?
2007/03/03(土)
 前回、中国の方たちが「諸葛孔明」を「諸葛亮」と呼ぶのが一般的である理由は、歴史書は「姓+名(=諸葛亮)」で書くのが正当だからだと仮説を立てました。
 すると今度は、「では、項羽をなぜ項羽と呼ぶのか?」と再質問されました。

 項羽は、姓=項、名=籍、字=羽。

 だから、前回の理屈だと、「中国の方も「項籍」と呼ぶはずなのに、「項羽」と呼んでいるじゃないか?」という逆襲です。
 やるなぁ~、マジで★ 想定外ですよ~。一本取られましたよ~。


 前回はがんばって史料をひっぱってきましたが、今回は体力が尽きました。
 史料は正史(『史記』『漢書』)だけです。ここからざっくり仮説じゃ~!
 (こんな姿勢だから、いつまでたっても史学研究室に戻してもらえない。。。)

 さて、中国の歴史書の決まりごとについてちょっとご説明させていただくと。
 ひとつの王朝Aが滅び、次の王朝Bが立つ。そのとき、次の王朝であるBには、前の王朝Aの歴史書=正史をつくる義務が生じます。これは、天命に従い、BがAを正統に継いだという証明です。
 そして、そのA王朝の正統な治世を著述するにあたり、その章立てにはルールがあります。

 皇帝に関する著述は「本紀」
 【例:「秦始皇本紀」・・・始皇帝、「高祖本紀」「高帝紀」・・・劉邦】
 それ以外の人物に関する著述は「列伝」
【「淮陰侯列伝」「韓彭英盧呉伝」・・・韓信他】

 さて、司馬遷が著した『史記』は最初に成立した正史と位置づけられています。
 このうちの本紀は12章あり、伝説上の帝である「五帝本紀」から漢の武帝である「孝武本紀」まであります。
 このうちの7つめが「項羽本紀」なのです。列伝ではありません。つまり、司馬遷は項羽を単なる楚王、一国の王ではなく、中国の正統な君主と数えているわけです。
(ちなみに、その前後は始皇帝と高祖(劉邦)です♪)
 これは、司馬遷が項羽びいきであったからというわけではありません。むしろ、項羽本紀は項羽の人となり・政治には批判的なのです。
 にも関わらず、項羽は中国の正統な君主であると位置づけられているのです。


 そこで注目していただきたいのが、「項羽本紀」の章題です。
 他の本紀の皇帝には主に諡号(皇帝が死後に与えられる最上級の名)を用います。しかし、項羽は正式な皇帝として即位したわけでありませんので、諡号を持ちません。
 そこで、司馬遷は、君主に対する目下の者からの礼儀として、「姓+字(成人時に名乗る名)」を用いたのだと考えられます。
(「姓+名(幼名)」は目上からしか呼べず、同僚・目下は「姓+字」で呼ぶ。前回記事参照※)

 
 中国の正史・二十四史の第一『史記』。
 歴史・伝記ものとして中国人に深く愛されている『史記』のうちでも、『項羽本紀』は名文として深く好まれてきました。
 中国を統一しながらも非業の死を遂げる悲運の帝として、その名とともに、中国人に愛され続けているのです。

↓↓↓ 1日1回ワンクリック★
blogランキングへ

08:47 | 歴史| トラックバック:0 | コメント:0

孔明を、なぜ中国人は諸葛亮と呼ぶのか?
2007/03/03(土)
 先日、お友達のミクシー日記に「諸葛孔明は、中国では一般的に『諸葛亮』と呼ばれます」とコメントしたところ、「諱(いみな=この場合、「亮」)は目上の者が呼ぶのを許されるのに、なぜ字(あざな)の孔明で呼ぶのが一般的ではないのか」という質問を受けてしまいました。
 うーん。痛いところを突かれました。
 中国史では名で呼ぶのが当然だと、漫然として疑問に思ったことがなかった。。。
 中国に住んでて「諸葛孔明」とは聞いたおぼえがないので、やっぱりそうなのねー、くらいにしか思ってなかった。。。
 というのが正直な所。


 じゃ、調べますか♪
 手始めにウィキぺディアを検索してみましたが(探してみてください。)・・・ほんとかなー? だって、中国の原文史料を漁ったけど、そんな記述には当たらなかった。
 かなり出回ってる説みたいだけど、どうも日本の慣習がごっちゃになっているように読み取れるのです。日本民俗学的見地から書かれているのかもしれません。

 歴史家は疑ってみるのが商売さー。自分で探した生の史料しか信じちゃダメ。と恩師も言ってた。
 ということで、ネットで中国から研究史料を拾ってきました。
 ネットでというのが信憑性に欠ける所もあるけど、原文サイトをいくらか調べた上で書いてある内容が一致しているし、本国では共通認識がはかられていると思われます。
 うち1件の著者は明らかに純然たる国文学研究者で正当な手順を踏んだ論文なので採用決定!! 
 こちらの内容を要約して紹介させていただきます。
 原文サイト>http://bbs.singtaonet.com/dispbbs.asp?boardID=19&ID=39883&page=4


本国での最先端の通説!!(誤訳してたらゴメンなさい)

 ①・・・部族を区別するもの。転じて、ファミリーを表すもの。  【例】諸葛
 ②・・・個体とその性質を表すもの。生まれたときにつける名前。【例】亮
    ※諱(いみな)。日本の習慣では「幼少時につける隠し名」ですが、今回の研究論文探索ではその意味での記述はみつかりませんでした。そこで「名」に留めておきます。中国史で諱と言うと、「前の皇帝の名で、遠慮して回避しなくてはいけない字」に留まるようです。
 ③・・・成人(男20才、女15才)で名乗るもの。          【例】孔明

 まず西周時代(紀元前12~8世紀)に、幼少期は「①姓+②名」を名乗り、成人すると、「自称には②名を使い、相手に対しては尊称として③字で呼ぶ」という形式の、名前の名乗り方・呼び方が確立します。これは、②名は目上の者から呼ぶ蔑称であるという考え方が原点です。
 しかし、三国時代に入ると、原点の考え方は失われ、単に「自称には②名、相手は③字」という形式がマナーだという程度の風潮に変わっていきます。
 さらに唐代頃には②名と③字に大きな隔てはなくなり、「③字は②名の丁寧語よね☆」くらいの感覚になってしまいました。
 とうとう近代になると、③字は学者や文人が名乗るものとの認識になります。
 
 では、まだ「自称には②名、相手は③字」の三国時代の孔明が、なぜ諸葛亮と比較蔑称で一般的になったのか。
 これは、「記録」がキーワード。
 そもそも人の名前の記録は、西周時代に王が家臣を「冊命(任命)」するときに、その姓名を保管するために始まったとされています。
 この時代は竹簡に記すしかありませんので、コピーはありません。唯一無二の貴重本です。
 つまり、記録書は建前上、冊命時に王が読むためだけに書かれたものなのです。そこで、「①姓+②名」で記名し、王に対し、臣がへりくだる立場を強調するようにしたのです。(策名と言う。)
 そこから、公文書は「①姓+②名」が踏襲されるようになり、戸籍・書物への記名の方法として一般化しました。当然、中国の正史の登場人物も「①姓+②名」が王道となります。


 ここからは私見ですが。。。

 正史として二十四史にも数えられる陳寿『三国志』では、「諸葛亮」と記名されています。これは上記の法則に順じている。
 そこで、中国の方たちは「諸葛亮」として歴史上の人物を学び、「①姓+②名」の読み方が一般化しているのでしょう。
 一方、『三国志』をベースにして著述された娯楽大作『三国志演義』は、超~☆蜀寄りに書いてありますので、諸葛亮と劉備はそれぞれ③字の「孔明」「玄徳」と登場させているのです。そうすることで精一杯、敬意を表しているのですね。(『平家物語』っぽいね。)
 後代、『三国志演義』が日本に輸入され、更にそれをベースにして創作された吉川英治の小説『三国志』が大流行します。その結果、日本では「孔明」の呼称が広く流通したといえるのではないでしょうか。


 がんばって書いたじゃんと思われる方はワンクリックお願いします。
  ↓↓↓
 人気ブログランキング
08:03 | 歴史| トラックバック:0 | コメント:1
[ PROFILE ]

NAME : のんゆり
劇団オグオブの女優です。
劇団オグオブHP>>>
http://www.ogob.jp/

[ CALENDER ]
02 « 2007/03 » 04
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31

[ ENTRIES ]
劇団オグオブ第18回公演 「鬼狩愚連隊、参上!」
オレンジジュースに罪はない
パクチーズ
ふりむけばカムロちゃん
政見放送

[ ARCHIVES ]
2016年10月[1]
2014年10月[1]
2014年07月[1]
2014年03月[1]
2013年11月[3]
2013年01月[1]
2012年10月[1]
2012年04月[1]
2012年03月[2]
2011年08月[1]
2011年06月[1]
2011年01月[1]
2010年12月[2]
2010年11月[1]
2010年10月[1]
2010年09月[3]
2010年08月[1]
2010年07月[4]
2010年06月[6]
2010年05月[2]
2010年04月[2]
2010年03月[9]
2010年02月[2]
2010年01月[5]
2009年12月[5]
2009年11月[1]
2009年10月[4]
2009年09月[3]
2009年08月[1]
2009年07月[3]
2009年06月[5]
2009年05月[2]
2009年04月[4]
2009年03月[2]
2009年02月[5]
2009年01月[2]
2008年12月[2]
2008年11月[3]
2008年10月[4]
2008年09月[1]
2008年08月[8]
2008年07月[4]
2008年06月[4]
2008年05月[3]
2008年04月[7]
2008年03月[12]
2008年02月[10]
2008年01月[14]
2007年12月[11]
2007年11月[14]
2007年10月[20]
2007年09月[12]
2007年08月[4]
2007年07月[8]
2007年06月[7]
2007年05月[8]
2007年04月[10]
2007年03月[8]
2007年02月[4]

[ COMMENTS ]
ゆうみん[04.16]
TMO幸手(なが)[04.07]
Maki[04.03]
通りすがり[08.17]
ざちう[06.09]
のんゆり[08.22]
Normal13[08.06]

[ TRACKBACKS ]
まとめteみた.【沖縄国際映画祭】[03.29]
映画レビュー「トイ・ストーリー3」[09.08]
ザ・ウォーカー[07.19]
『インビクタス/負けざる者たち』お薦め映画[04.01]
月曜ですねー><[05.18]

[ LINKS ]
劇団オグオブ
劇団オグオブ稽古場日記
夢をかなえるブログ
さびぬき王子の三の丸
明日は明日の風が吹く
オグオブ裏ブログ
舞台女優のアートな備忘録
mixi
まあ待て、ブログを借りる前にここを読め。

Powered By FC2
Designed By ASIA SEASON

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。