半径723mmの鑑賞録
 歴史好きな舞台女優による「古今東西、美しいもの」の鑑賞録です。 最新流行を追わなくても、「いいものは、いい」。 それを、きちんと形に残していければいいな。 ※ネタバレ注意※
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八甲田山死の彷徨
2008/01/28(月)
 先週はとても寒かったですね。
 何年経っても、この時期は寒波が寄せるのか・・・。
 過ぎてしまいましたが、1月23日は『八甲田山死の彷徨』の日です。
 

 新田次郎・作。
 日本史上最低気温の日におこった史上最大の山岳遭難事故を題材にした、準ノンフィクション小説。
 日露戦争直前の1902年、厳寒の八甲田山を全踏破した弘前歩兵第31連隊と、同日に逆ルートで行軍し、出発直後に210名中199名が凍死した青森第5連隊。2つの連隊の道を分けたものは何かを探るドキュメンタリー。



 冬スポーツも登山にも興味がないわたしは山岳小説と聞くだけで敬遠しがちだったのですが、『マークスの山』以上に読む価値のある重厚な良書にふたたび出会って、山岳小説への好印象をもちました。
 作家自身が気象学者(富士山気象レーダーの建設者)かつ登山家であることから、雪山の描写や登場人物の心情がリアルです。読むと体感気温が下がります。何度、凍傷にかかったと錯覚したことか。


 事故当時の記録にもとづいた緻密で詳細な記述はノンフィクションに誤解されてもやむをえないほどですが、あえて事実を曲げた部分に、作家のメッセージがこめられているような気がします。

 たとえば、成功した31連隊壊滅した5連隊の隊長同士が、行軍前に雪山情報の交換をしていたのは史実ではありません。
 しかし、その部分を加えることにより、両隊の分岐点が明確になります。
 ヒエラルキーに厳格な軍組織において、出身差別による生死の分かれ目を浮き彫りにするのです。

 また、実際の遭難事故の原因は「気候条件・装備不足・指揮系統の混乱・知識不足」が同等に指摘されていますが、小説では指揮系統の乱れを中心に描いていきます。
 巨大な組織に自我をからめとられ未曾有の大事故をまねく過程は、大きな組織に属したことのあるかたは、誰しも恐怖をもって実感するのではないでしょうか。

 なにより、壊滅した5連隊の生存者も、みごと踏破した31連隊の隊長も、2年後の日露戦争の激戦地・黒溝台で戦死する結末を作家は特筆します。

「軍事教練で八甲田山で凍死するか、2年後にロシアで戦死するかの違いであった。」

 この一文に、軍隊という虚栄の組織や大義名分のまえに命を奪う戦争というものへの、作家の冷ややかな視線があらわれているような気がしたのでした。


   読んでいただいて感謝です♪
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  八甲田山死の彷徨
 

ストーリーを知りたい方は ※ネタバレ注意! →→→→


【八甲田山死の彷徨 あらすじ】

 来るべきロシアとの寒中戦に備え、冬山行軍訓練を競争すべしとの師団長命令により、青森歩兵第5連隊と弘前第31連隊は八甲田山での寒中行軍を計画し、敢行した。


 弘前第31連隊は雪中行軍の経験のある徳島大尉の綿密な下調べのもと、屈強な兵と厳選した防寒具を用いた小隊編成。堅実なルートを地元の案内人を徴収しつつ10日間かけてみごと踏破した。しかし、彼らですら死と紙一重であった。


 一方、青森第5連隊は士卒あがりの神田大尉が指揮官を命じられたものの、装備・計画ことごとく上官の山口少佐に拒否された。あまつさえ、特別編成として山口少佐と特務小隊は随行することとなり、出先から指揮系統に乱れが生じる。

 当日は東北地方・北海道を大寒波が襲い、日本史上最低の気温を記録した。その初日から八甲田山の難所を迎え、神田大尉は中止進言するも、山口少佐は進軍を命じた。装備不足と中隊規模があだになり、雪山での進軍は困難をきわめ、中隊はすでに遭難状態にあった。到着予定地の1.5キロ手前の地点に来ていたが、前進を断念、露営する。
 未明から退却を開始するも、疲労による発狂と凍傷による死亡者が続出していく。将校より乏しい装備や過重負担を強いられた下士卒からバタバタと倒れ、そのまま動かなくなっていった。

 指揮官の神田大尉は正しく地図を把握していたものの、独善的な山口少佐に指揮権を奪われた挙句、中隊は完全に雪山を迷走する羽目に陥っていた。3日目の朝にはすでに半数以上が死亡し、4日目には部隊は1/3に。わずかな生存者は体感温度-50℃の極限状態で、食事もなく眠れもせず生ける屍となってさまよっていた。

 5日目、ふもとに近づいていた神田大尉は後藤伍長に「救援をもとめよ」と前進させる。神田大尉はもはや凍傷で動けなくなり、自決の覚悟を決めた。そののち、直立不動で凍った後藤伍長は発見され、連隊を総動員した救援活動は5ヵ月後に最後の遺体を収容することとなる。
 生存して救出された山口少佐は、病室にて鉄砲自殺した。
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